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2009.09.20 (Sun)

舟歌

ピアノに纏わる思い出は、いつも少しばかり切ない。







【More・・・】
小学校の高学年から、俺はピアノを習い始めた。
勿論、俺自身の希望ではなかった。
ちょうど俺が、外で野球だのサッカーだの水泳だのと駆け回って、真っ黒に日焼けして傷だらけにもなって帰ってくる姿を、眉を顰めて見ていた母の、たっての希望だった。
母の願いであれば、祖父はかなりの無理でも叶えてやっていたから、いつの間にか 、家には祖父が手配した、知人の誰かから譲ってもらったらしいアップライトの中古のピアノが現れて鎮座していた。
そんな状況で、俺が母の願いを拒否できるわけはない。

俺が習っていたのは、所謂大勢でのレッスンを行う音楽教室ではなくて、ひっそりとした個人レッスンの教室だった。
家からはかなり離れていたので、自転車で通っていたのだが、一見すると本当に普通の住宅街にある普通の家で、目印の看板さえなく、ここでピアノを教えているとは思えないような、物静かな雰囲気だった。

・・・・建物の中から微かに聞こえてくるピアノの音を除けば。

俺がピアノを始めた時期が遅かったこともあるんだろう、初心者向けのバイエルをテキストとして習うことはなかった。
だた、ひたすら運指の練習を繰り返しながら、基礎を終えた小学生が弾くような簡単な練習曲から、俺のピアノレッスンはスタートした。

先生は、何処と詳しくは書けないけれど、身体に障害を持っている人だった。
そして、穏やかながらも、凛とした佇まいの、強くしなやかな人だった。

上達に合わせて、先生の教えてくれることの範囲は広がっていった。
元々、俺の手は大きくて指が長いから、ピアノを弾くのには向いている、と先生に言われていた。
時には連弾をすることもあったし、先生の創作した曲の続きを即興で作りながら弾いてみることもあった。
ピアノのレッスンの時には、ピアノを弾くだけではなく、歌も歌った。
先生のピアノ伴奏で歌ったり、初見の楽譜を読んでア・カペラで歌ってみたり。

「○○くん(俺の本名)は、とてもいい声をしていますね。
 広い大きな場所で響くような、よく通る声ではないけれど、とても柔らかい、優しい声です」

先生は、俺の声変わりする前の声を、そんな風に褒めてくれた。
程なくして、俺の声は段々とかすれていき、以前のものとは比べようもないほど変化してしまったんだけれど。


世間から隔絶されたような、何処となく現実離れした空気のあるこの教室で、先生が声を荒げた姿を1度だけ見たことがある。
やはりこの教室に通っている他の生徒が、先生に質問したいことがあるからと、俺のレッスン中に急に訪問した時だった。

詳しい事情は俺もよくはわからないが、その場で説明する生徒の話を聞いてわかったことは、
その生徒は、もう1つ別にピアノ教室に通っていること。
そちらで師事している先生がとても権威主義的で、(俺が習っている)先生の学歴を気にしていること。
もしも、(その別の教室の先生の価値観で)あまり大した学歴を持っていない先生ならば、今後そこでピアノを習うのは考えた方がよいと言われたこと、などだ。
だから、先生の卒業した大学の名前を教えてください、とその生徒は言った。
随分と酷い話だと思うが、本気で上を目指していたその生徒は、暫く悩んだ挙句、こちらの教室を訪れて尋ねたらしい。

先生は、とても悲しい表情をしていた。
取り乱すでも、高ぶった感情を激しく表に出す訳でもなかったが、しかし、心の中では激しい炎が渦巻いていた筈だ。

「こんな実力の世界でありながら、学歴で人を判断するような先生に、○○さん(生徒の名前です)がピアノを習っているなんて、とても悲しいことです」

躊躇うでもなく、先生は、きっぱりとそう言った。

「どうしても、と言われるのなら、隠しているわけではないから言いますが、実際のレッスンを見学する訳でもなく、学歴のみで人の能力を推し量るなんて、本当に愚かなことだと思いますよ」

そして先生が告げたのは、その方面を目指す学生なら、恐らく多くの人が入りたいと願うだろう、音楽について中途半端な知識しかない俺でも名前を知っている様な、日本でも最高峰にある有名な学校の内の1つだった。

間もなく、その生徒は悄然と帰って行き、何事もなかったかのようにレッスンは再開されたが、その後の俺は、体の何処かが興奮しているみたいな、奇妙な感覚にとらわれた、不安定な心持ちだったように思う。


あれからもう20年あまりが経過したが、未だに忘れられないエピソードだ。






かっしーと同じような、太くてしっかりとした、けれど器用な指を持った人間を知っている。

大人になってから出逢った、支社勤務の彼は、俺より2つ年下で。
けれど、年齢に似合わない落ち着きを持っていて、聞き上手で、俺よりずっと見事にピアノを弾く男だった。
彼の性格そのままに、力強い中にも繊細な、澄んだ音色。

機会があって何度も俺と出逢う度に、顔を真っ赤にして照れて、はにかむ彼の姿に、胸がざわつく様な苦しさを覚えた。

穏やかな凪の海をたゆたう様な、彼と過ごす時間は楽しくて退屈しなくて、多分時間の制約がなければ、ずっと話していられるほど、話題も尽きることなく。
話をする時、どんな至近距離でも真っ直ぐこちらを見つめる彼の瞳から、視線を逸らす事も出来なかった。
もしかしたら、もっと早く出逢っていたら、俺達の関係は違ったものになっていたのかも知れない。
そう思ってしまうほどに。

無色透明な、はっきり言ってガキより進展の無かった、ガキみたいな感情に名前をつけるとしたら、初恋に似た痛みで。

ただ、俺のために彼が弾いてくれたあの曲が、耳の奥で何度もリフレインして。

曲に合わせて一緒に歌った歌が、唇から知らずに溢れ出す。





つれづれにピアノを弾くとそんな記憶達が甦って来て、俺の胸をじわりと温かくしたり、冷たく震わせたりする。






ちなみに俺が一番好きなピアノ曲は、『Burgmüller』 22番のEtude『Barcarolle(舟歌)』です。
ソナチネとかソナタを選ばないのは、俺のせめてもの抵抗と言うかなんというか。

↑何の抵抗だか意味不明だが(汗)


俺が、かっしーのために初めて弾いたピアノ曲がこれです。
短い曲なんだけど、旋律の美しさと、起承転結がはっきりしているところが気に入っています。

この曲をご存じない方のために、こちらをご覧ください。



大体1分50秒辺りから始まっています。
(携帯からは試聴できないと思います。すみません)

この人の演奏、情緒豊かで俺は結構好きだな。










タイマー投稿です。
いきなりな話ですみません。
少々補足をしたいと思います。

6月に全盲の天才ピアニスト辻井伸行くんが、第13回バン・クライバーン国際ピアノコンクールで優勝しましたよね。
彼のピアノの比類なき正確さと表現力にも感じ入りましたし、本当に祝福すべき素晴らしい快挙だったと思います。
これは、あのニュースに触発されてから、ずっと温めていた記事です。

他にも、俺とかっしーのファーストキスの話とか(←無駄に大文字w)つまり過去物語とか、温めているネタはいろいろあるのですが、なかなか(汗)


ピアノの先生は、とても立派な人間でした。高潔な、という形容詞が一番しっくりくるような。
振り返ってみれば、先生は、常に自分の持っている障害や葛藤と戦っていたのだと思います。
学歴だけが、人間の価値ではないし、人生の全てでもない事。
今の俺にはよく理解出来ますが、まごうかたなき学歴社会で、何より高学歴を尊ぶ傾向があったその当時、こういう考えを持っていた人がどのくらいいたでしょうか。
先生とは、ピアノを辞めてから、俺が地元を離れてからだから、もう20年以上お会いしていません。
お元気ですか、と尋ねるのも恥ずかしい位のご無沙汰です。
それでも、あの頃の思い出を未だに忘れられないのは、一体何なんでしょうね。
ただの感傷と言ってしまえば、そうなんでしょうが・・・・・



さて、2番目の話ですが、これは勿論、かっしーには内緒の話です。
多分、今後も話すことはないと思います。
何故ならこれは、かっしーと付き合い始めてからの話だからです。

短い時間だけクロスして、またすぐに分かれてしまった糸。
いくつもの糸が重なり合い、絡まり、バラバラに千切れてしまっても、記憶の中に残った澱のようなものがある。
そういう事です。

かっしーと付き合う前の俺は、下半身の節操の無さには定評があったし(まあ、相手は女性でしたが)、遊びの相手には「来るもの拒まず、去るもの追わず」だったし、その割に本命の相手にはかなり臆病で、それもこれも、いつも惚れた相手に惚れられることはなかったから、更に無茶苦茶もやっていたんです。

かっしーと同棲してからも、俺は彼が運命の相手であることをなかなか認められず、
それどころか、いつか彼が愛想尽かしをして、出て行ってしまうんじゃないだろうか、と思って、彼の言葉を信じられずにいた時期もありました。
俺自身の中の価値観を打破することが出来ず、彼を振り回し、たくさん傷つけました。

文字にしたら僅か数行になってしまいますが、ここには書き切れないたくさんの過程を経て、俺達は今、一緒にいます。
かっしーと共にある日々が少しずつ俺を変え、自制心を生み、ロクデナシから昇格出来る道を作ってくれたのだと思います。
少なくとも、極めて近視眼的だった俺が、多くのものを突き放して見られるようになったことは確かです。
相手への思いやりとか、メンタルな面に関しても。
それを成長と呼ぶのかも知れません。


そして、もっと歳月を経て、共に白髪になってからも同様に、共に歩んでいきたいと願っています。


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Comment

この曲…この春からン十年振りにピアノを習い始めまして、2曲目の練習曲です。夏じゅう練習してました。(ブルグミュラーからスタートでも結構背伸び状態(^_^;))
私もすごくすごく好きなんですが、そのときどきで出来不出来に差があって、起→承とかの移行のところが、ダメな時はダメダメで(泣)
でも、好きなのー!!
コロン |  2009.09.27(日) 08:17 | URL |  【編集】

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
 |  2009.09.27(日) 08:45 |  |  【編集】

コロン 姐さんへ

姐さん、こんばんは。
レスが遅くなってすみません。

ピアノ、再開されたんですか。
夏じゅう練習ってすごいですねww
今はどんな調子ですか?

子供の頃にやったことって、何年(十何年?)経過しても体が覚えているもんで。
俺の場合は自分の希望でなかったからか、真剣な様な、手すさびの様な、そんな中途半端なピアノレッスンではありましたが、今でも不思議と覚えていて結構弾けるんですよね。

>私もすごくすごく好きなんですが、そのときどきで出来不出来に差があって、
>起→承とかの移行のところが、ダメな時はダメダメで(泣)

この起→承の辺りは(楽譜を読むと)和音から軽快なメロディに変わったりして、慣れていてもかなり難しいですよね。
1個つまづいたらドドッとコケる(転倒する)感じで(笑)
でもホント、好きなんですよねえ、この曲。
『Ave Maria』も負けないくらい好きですけど(^^ゞ

レッスン、頑張ってください。


管理人コメントさんへ

コメレス、遅くなって申し訳ありません。

人と人の出逢いの妙は、もしかしたらその時にはわからないのかも知れませんね。
時間が経過して、もしくは子供の時はわからなくても大人になって初めてわかる、人生の機微とはそういう事なんだと思います。

オフクロはオフクロなりの理由があって俺にピアノを習わせたらしいのですが、その時の俺は、野球にサッカーに水泳にと専らアウトドア志向で(笑)
正直、頭の中は、え?ピアノ??と疑問符だらけでレッスンを始めたんですが。
あの出逢いが俺の人格を形成するone-pieceになったのだとすると、それもそれで出逢いの妙なんでしょうね。
(と、これも今だから言えますが)

この『彼』との出逢いに意味があるとしたらそれが何だったのか、いつかわかる日が来るのかもしれませんが、今の俺にはまだわかりません。
実のところ、『彼』は、俺とかっしーの関係を知っていましたし、何処かで俺達が一緒にいるところを見かけたらしく、

「お2人って、本当に仲がいいんですね」

なんて、雑談中に言われたこともありました(←これもこれで。汗)
ただ、俺はかっしーとの出逢いがなかったら決して今の俺になっていないと思うし、以前のままの俺が『彼』といきなり出逢ったとしても、そういう細やかな心持ちにはなれなかった可能性は大きいと思います。

かっしーは確かに他人のものを欲しがる様な人間じゃありませんが、一度手許に引きつけたら容易には離さない永久磁石みたいなヤツかなとは感じてはいますね(*^_^*)
いや、ゴルゴの例えがどうってわけじゃないんですが(笑)確かに逃げ切れないかもw

コメントありがとうございました。
V |  2009.10.22(木) 01:05 | URL |  【編集】

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